塩化亜鉛とゼオライトによる落ち葉からエチレンガスの製造
市川学園 市川高等学校 3年生
© 2015 ゼオライト学会© 2015 Japan Association of Zeolite
昨年4月から1年間,2年生の時に市川サイエンスの課題研究で取り組んだ研究について報告する。先輩方が行ってきた,落ち葉から熱分解により,エチレンガスを取り出す研究を引き継いだ。500°C程度の比較的低温でガスを発生させることが可能なので,バイオマスの資源が豊富である点を活用すれば,エチレンガスの製造に使っている石油の消費を削減でき,低炭素社会に貢献できる可能性がある。
植物は主として,セルロース,ヘミセルロース,リグニンからなる1–3)。このリグニンが熱分解されて,エチレンC2H4が生成すると考えられている。
酸触媒であるゼオライトを使うと,より効率よく熱分解ができるのではと考えて,すでに先輩が実験に取り組んでいた。天然ゼオライト(あかぎ園芸),モルデナイト(HSZ-690HOA,細孔径0.7 nm,シリカ/アルミナ比240,比表面積450 m2/g), ZSM-5(HSZ-890HOA,細孔径0.5 nm,シリカ/アルミナ比1500,比表面積300 m2/g)を使ったが,エチレンガスの発生する様子は,ゼオライトを加えない場合とあまりかわらなかったそうである。
固体の落ち葉に,固体のゼオライトを細かく砕いて混ぜても,接触が悪いためだろうと考えられていた。
実験に取り組む前に,落ち葉とゼオライトの接触をよくするには,周りの環境を液体状態にすれば,改善されるであろうと考えた。比較的低温で液体状態にするにはどうしたら良いか。水は1気圧,100°Cで沸騰する。落ち葉の熱分解には250°Cは必要である。油は液体であるが,250°C以上にすると,発火の危険がある。発火の危険がなく,比較的低温で安定に液体状態になる物質がないか調べた。
化学書資料館の化合物検索サイトで,融点を190°Cから300°C,色を無色に指定し,検索した結果,多くの無機化合物がヒットした。塩化アルミニウム融点191°C,塩化ビスマス227°C,塩化スズ(Ⅱ)無水物246°C,塩化亜鉛無水物275°C,塩化水銀(Ⅱ)277°Cなどの中で,使えそうで価格が安い,塩化スズ(Ⅱ)無水物と塩化亜鉛無水物を試してみることにした。周りの環境を塩化スズ(Ⅱ)無水物や塩化亜鉛無水物を使って液体状態にできると,ゼオライトと落ち葉が,固体の場合と比べて接触が良くなり,より低温でエチレンガスが発生するだろうと予想した。
ミキサーで細かく粉砕した桜の落ち葉5 gと塩化亜鉛15 gを中型試験管に入れ,鉄板で囲い,赤外線ヒーターで徐々に加熱したことろ,確かに塩化亜鉛が融解した。試験管の温度を徐々に上げるとガスが発生するが,各温度によるガスの発生量は,落ち葉だけの場合と比較して,変化がみられなかった。
試験管に落ち葉と塩化亜鉛,さらにβ-ゼオライト(HSZ-940HOA)10 gを加えて,徐々に加熱したが,各温度によるガスの発生量は,残念ながら,予想に反して変化がなかった。
ところが,加えるゼオライトを天然ゼオライトにすると,各温度によるガスの発生量は,大幅に増えた。合成ゼオライトより,天然ゼオライトの方が良いことがわかった(図1)。
合成ゼオライトは,石炭火力発電所で発生する石炭灰(成分はシリカとアルミナが約8割)を使用し,苛性ソーダなどとともに高温,高圧で化学処理することにより,規則正しい化学構造をもつ合成ゼオライトが作られている。一方,天然ゼオライトは火山岩が凝固してできた鉱物で,主な成分はシリカ(二酸化ケイ素)とアルミナ(酸化アルミニウム)で,大きな違いはFe2O3(酸化鉄)が0.7%程度含まれている点である。この不純物が効果を発揮したのかもしれないと考えられる。
塩化スズ(Ⅱ)と落ち葉で,天然ゼオライトを使った場合も,各温度によるガスの発生量は,同様に大幅に増えた。採取したガスの成分は検知管を使っていたが,精度の良いFIDのガスクロで分析した。その結果,燃焼性ガスはエチレン,プロピレン,ブテンの混合物で,エチレンが50%,プロピレンが33%,残りがブテンであることがわかった。
この結果を,昨年9月に千葉大学で開催された第8回高校生理科研究発表会でポスター発表し,優秀賞を受賞できた。
燃焼性ガスの生成量がなぜ増えたのか,塩化スズ(Ⅱ)や塩化亜鉛の金属イオンに原因があるのではと考えた。ガスが発生するのは,リグニンの含有量によることが,本校の2年前の先行研究からわかっている。
リグニンは,木材中の20%–30%を占めており,高等植物では生育に伴い,道管・仮道管・繊維などの組織でリグニンが生産される。生産されたリグニンはヘミセルロースと同じくセルロースミクロフィブリルに付着していく3)。そこで,今回使った塩化亜鉛が,セルロースが束ねて形成されるフィブリルに影響を与えているのではと考え,セルロースとの反応の実験を行った。
最初に,塩化亜鉛を入れ,275°C以上にバーナーで加熱し,綿を少し入れたら,熱で色がつき,溶液が黒ずんでしまった。塩化亜鉛の水溶液30 g/40 mLをサンプル管に入れ,湯浴で80°Cにし,綿を入れ,ガラス棒でしっかりかき混ぜると,溶けたような状態になった。溶液を注射器で吸い取り,希硫酸中に押し出してみた結果,糸に再生することができなかったが,綿の繊維が非常に細かく,元の原形をとどめていないことがわかった。
再生セルロースを作る時に,濃厚な銅アンモニア水溶液に綿を入れて溶かすと,銅アンモニア錯イオンによりセルロース間の水素結合が切れ,フィブリルの繊維が解れセルロース分子鎖がバラバラになると考えられている。
塩化亜鉛や塩化スズ(Ⅱ)はセルロースと錯イオンを形成し,セルロース間の水素結合を切断することでフィブリルの構造を解すことができ,リグニンがゼオライトの触媒と接触しやすくなって,ガスの発生量が増加したものと考えられることがわかった。
エチレンガスは落ち葉中のリグニンの熱分解によって発生する。落ち葉はバイオマス資源である。リグニンに関して,パルプ産業で紙を作る時に,リグニンを含んだ廃液が多量に発生していて,一部の工場では,廃液を集めて,燃料に使っている。
このことに,注目し,パルプ産業で出た,リグニンを含む廃液からエチレンガスが取り出せないかと考えた。
試薬のリグニンについては,先輩がすでに実験していて,単独では,500°Cまで熱してもエチレンガスは,ほとんど発生しなかったそうである。試薬のリグニンには,酸性サルファイト蒸解過程から得られるリグニンスルホン酸ナトリウムもあるが,それも単独では,ほとんどエチレンガスを発生しなかったそうである。
普通サイズの試験管で,落ち葉を2 g入れ,温度コントロールできる小型電気炉に入れて実験を行った。先輩の実験とおなじく,リグニンだけの熱分解では,エチレンガスはほとんど発生しなかった。
ところが,それぞれ,天然ゼオライト,塩化亜鉛,酸化鉄(Ⅲ)のみを加えた場合,ガスがかなり発生することがわかった(図2)。
採取したガスの成分を分析した結果,エチレンガスのみで,落ち葉の場合に生成したプロピレンは検出されなかった(図3)。
リグニンの熱分解では,ゼオライトや酸化鉄(Ⅲ)を使うと500°Cでエチレンガスが発生しやすくなることがわかった。製紙工場からリグニンを含む廃液が多量に出ているので,触媒を使った熱分解により,エチレンガスの製造が期待される。
研究成果を,2015年3月に日本化学会関東支部主催の第32回化学クラブ研究発表会でポスター発表し,GSC(グリーン・サステイナブル・ケミストリー)ジュニア賞を受賞できた。
1) 原口隆英,木質新素材ハンドブック,技報堂出版 (1996).
2) 船岡正光,木質系有機資源の新展開,シーエムシー出版 (2005).
3) 飯塚介,ウッドケミカルの技術,シーエムシー出版,55–105, (2000).
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